朽葉考集録

めめとちゃんの雑記帳です

思い出の話。

 昔、「死んだらどうなるのか」ばかり気になってた頃があった。いじめられて、心も身体もボロボロになっても黙ってた時だ。結論から言ってしまえば、答えは出なかった。当たり前だよな、人類がずっと考えても分からない"終わりの先"に幼稚な子供が
思索だけで辿り着けるわけも無かったし、一緒に考えてくれる人だっていなかった。本当に、あの頃の声をあげられなかった自分を罵ってやりたい。「お前から手を伸ばさないと、誰も救っちゃくれないんだ」って、言い切ってやりたい。
 
 そんなことは、どうでもいいんだ。
 少し前に、友達が死んだ。自殺だった。ずっと文通をしてた人で、実際に顔を合わせることは数回しか無かったけど、それでも僕はその人のことを一番の親友だって思ってたし、送ってもらった手紙を全部全部、保管している。
 なんで、死を選んだのかは最後まで言ってくれなかったし、きっと僕のために言わなかったんだろう。意志の強い人だから、絶対にこういう時は自分を貫き通しただろうし、僕が止めようとして自責の念に駆られないように、黙っていてくれたんだろう。でも、あの人からもう手紙が届かないのがまだ信じられないから、あの人に宛てた手紙を書き続けてる。で宛先が分からないから、そこだけを空白にして手紙ばかりが部屋に貯まっていく。
 
 不思議と、LINEやDMでも連絡が出来たのに使わず、僕らはずっと手紙を送り続けていた。返信が来るのを数日待って、どんな言葉が戻ってくるかを楽しみにしていた。時にあの人は詩や短歌、俳句なんかを添えていたから、僕もそれを真似て詩を書くようになって。拙い物で、技巧なんて何もないような詩だったけど、それでもあの人は必ず、それを褒めてくれて、それが嬉しくて、だからノートに詩を書き貯めるようになった。最後に会った時にそれを手渡したけど、それへの感想は最期まで聞けずに終わってしまった。でも、最期の最期まであの人は友達思いで、僕宛に整理していた荷物には、添削と感想を一つずつ書いたメモが付けられたノートが、ちゃんと入っていた。

 友達は、大事にしないとだめだな。身近にいる人ですら、いつ別れが訪れるかも分からないんだから。