朽葉考集録

めめとちゃんの雑記帳です

雑記・その1。

 話すこと、というか他の人との会話が僕は大好きだ。そもそも他人と話す機会が今まで少なかったのもあるけど、自分の知識、他人の知識、あるいは意見、そういった異なる考えをぶつけ合う行為が、根本的に好きなんだな。で、対話っていうのは両者の異なる意見をすり合わせ、より良い案を導くことらしい。自分の意見を押し通すのではなく、相互の意見交換を通して妥協できる点を見つけるのが大切なわけだ。

 最近、そういう意味での会話はめっきり少なくなったと思う。脈絡の無い煽り、唐突なDQN発言、誹謗中傷…書けばきりがないけど、とにかく自分の考えを聞いてほしい、そういう奴や、ただ単に相手を馬鹿にしたい、結果なんてどうでもいい、みたいな行動をする奴が多くなったんだなぁ。趣味の合う仲間とだけじゃ、一方の考えしか分からない。全然趣味嗜好の異なる人との好意的な対話、あるいは対談こそが、自分の思考する力を一番高めるのにね。いつだって新しい知識を吸収するのは大切だし、進歩することを止めた時に人は死ぬし、違う考え、新しい思想、理論、なんだって手にとってみて初めて、その価値を知ることができる…まあ、活かすも殺すも、それは吸収する側の柔軟さによるけども。

 あ、別に趣味の合う人と話すのを控えるべきだとか、そういうことではないよ?むしろ、趣味の合う人は本当に大切にするべきだ。どんなに自分にとって大切な人であったとしたって、いつ会えなくなるのかも分からないんだから。出会いは一瞬で、思い出に残せることは本当に幸せなこと。当たり前じゃない。「思い出すとは忘るるか 思い出さずや忘れねば」なんて言うけど、思い出しかなくて、もう会えないことほど辛い気持ちは無い。

 …ちょっと脱線した。世の中には流行があって、その時に応じた趣味や食、グッズ、あるいは音楽とか、持て囃される物がある。それに乗ってみることは、僕は悪いことじゃないと思ってる。流行るからには流行るだけの理由があるのだし、大衆に迎合する=悪ではないだろう。自分の持つ「良いポイント」が顔や立ち居振る舞いの所作だったする人が俳優とかアイドルにならないのは、むしろ人類にとっての損失なんじゃないかな?

 僕だって、売れるために作品を書いてるわけじゃない。書きたいと心から思ってることを作品にしてるだけだ。誰に認められなくたって構わない。ただ、書くことさえ邪魔されなければそれでいいんだ。

でも、自分が売れる事を否定するからといって、売れている物を批判するのは間違いでしょう?自分の好きな物が有名にならないからといって、他の有名な物を貶すのは無茶苦茶でしょう?

誰も得をしない。一時期…というか、現在でも一部はそうなんだろうけど、東方厨なんかが他のジャンルまで進出してあの手この手で叩いてるのを見た時は、東方が好きな側としても嫌な気分になったし、もうわざとネガキャンをやってるんじゃないかと内心思っていた。

 話の落とし所も見つからないので、今日はこの辺で打ち切ろうと思う。僕としては、ラップや東方アレンジが好きな人、あるいは詩を書いてる人とは是非意見交換やなんでもない話をしてみたいので、コメントやツイッターでのDMは知らない人でも割と歓迎したいのだが、あんまり開けっぴろげにするのも良くないしなぁ…