朽葉考集録

めめとちゃんの雑記帳です

「騙」を語る。(後編)

 まず最初に、前回からかなーり時間を空けてしまった事を謝罪したいと思う。フォロワーさんに催促されなかったらもう2,3週間くらい空けていたかもしれないので、大感謝である。

 さて、前編では「逆再生」の話までしたので、そこから書いていこう。

 ……その話を聞いたのは、本当に偶然、ツイッターを彷徨っていた時だったと記憶している。「真実の詩には、逆再生ギミックがある」と。

 即座にグーグル先生に訊いてみた。はたして、それはあった。アレはRDさんの公式だったかどうかは覚えていないが、確かに動画を見た。逆再生を流していき、最後の最後、元々の前奏の部分は…そう、確かに童祭のメロディーだったのだ。

 戦慄した。「ここまでやるか」と。
 知覚した。「これが凋叶棕か」と。
 到達した。「アルバムも逆か」と。

 そう、曲目そのものを逆順にするのが、正しい曲の並びなのではないかと。一年越しの、僕の閃きだった。

 などとドヤ顔で言っているが、明らかに考察不足だった。真実の詩の歌詞を辿れば、ハナから気付けた話なのである。

「人を信じ、生きてゆけ」
「人の言葉を信じよ」
「大事なものがそばにおわすから、力の限り信じなさい」
「信じられるものこそを、自らの手で選び取れ」
「ただ、己の正義を信じよ」

 これらの台詞は、「騙」の各曲に登場した人物達の像と一致している。ということは、真実の詩の主人公であるブックレットの少年が辿ってきた道は、僕らが聴いた曲順と同一とするのは妙ではないだろうか?

 聴いた言葉を思い出す時、昔に聴いた物よりは新しい物から思い出していくだろう。「ただ、己の正義を信じよ」が星のセリフだとするなら、曲順で言えば最後、つまり「Fragile Idol-Worship」が我々の記憶に残り、最初に出てくるのはその言葉のはずだ。

 しかし、少年が最初に言葉にしているのは「人を信じ生きてゆけ」正に「もっともおそろしいものについて」で語られた人に信じられた姿の怪物、ぬえの台詞だ。これはつまり、少年は我々とは逆の順序を辿ってきたのではなかろうか?2曲目の嘘のタイトル、「全員集合」はその暗示なのではないか?と。

 無論、穴の多い説なのは確かだ。だけど、当時の僕としちゃ、それでも一応納得はしたのである。

 ま、どういう事かと言えば、「騙」は僕が初めて自分なりの考察を打ち立てたアルバムなのだ。それは僕にとって自信にもなったし、味を占めた、そう言ってもいいかも知れない。

 それ以降、曲を聴くのも新譜を買うのも数倍楽しくなった。今でも「騙」を掛けるが、決まって"嘘のすゝめ"から聴くようにしている。考察する楽しさを忘れないためだ。

 上述の考察の特大の穴は、「少年が『最後に出会ったあなた』に対して言っているわけではないかも知れない」ことだ。根拠がなくて、あやふや、要は妄想に近いので、考察と言うにははばかりがある内容なんだな。

 でも、書かないと忘れてしまうような気がする。せめて、甘い「知」の初体験くらいは覚えておきたいし、ここに書き残しておくことにしよう。