朽葉考集録

めめとちゃんの雑記帳です

独白・2

 随分前から、同一性の信徒になっていたような気がする。明日も今日と同じ日々が続くと信じて、昨夜夢見た幻想が今夜も広がっていると疑わず。

口では「メメント・モリ」って言いながら、心の中じゃ日常が緩慢に流れていくのだと、無邪気に信じ込んでいた。

そのループの中には、確かなズレがあったのに。

 だから、事実として「全てが変わりゆく」と示されて初めて、自分が間違っていることに気付いたんだ。反証が提示されるまで論理の矛盾に気付かないほど、僕は愚かだったんだな。

「今日」と「昨日」と「一昨日」が平穏だったっていう個別の事象から、「明日」が平穏だっていう同一性を演繹して、それに保証が一切無いことに目を背けて。本当に、馬鹿みたいだ。

 昔、遙の考察をする時に「こちら側が幻想郷を観察してる」と仮定したけど、逆だ。幻想郷はずっとそこにあるのに、僕らはどんどん離れていく。宇宙の膨張に伴って、銀河同士が遠ざかっていくように。

もう一度引用するけど、「全てが変わりゆく」。忘れていくのは、いつだって僕たちの側なんだ。

「今日という日々のその先に」あるのは明日だ。夢は、夢のままでいいんだ。「夢」にしてしまってはいけないんだ。

 考察することも間違っているんじゃないか、と思うときがある。このテクストはそのままのテクストだから意味を持つのであって、それを分解してしまえば、ただの意味のない単語の繋がりだけが残るんじゃないか、と。

 でも、それこそが間違いだ。テクストは、創作者のメッセージと僕自身が持っているメッセージを結び付ける媒体。逆に言えば、そのテクストが存在する限り、それが僕と幻想を繋ぐよすが…言うなれば、「くすぶるなにか」になるんじゃないか。

 だったら、僕もそういうテクストを書き上げたい。いま、ここと、画面前のあなたを繋ぐ、誰かと誰かを繋ぐ考察をしたい。

だったら、余白のある限り書きましょう。すでに創作されたものは、これから創作される物の可能性には敵わないんだから。