朽葉考集録

めめとちゃんの雑記帳です

「徒」考察 -ぼくらは夢(幻想)の「旅人達」-

[ロストドリーム・ジェネレーションズについて]

「Does that one small step for man
really become a giant leap for mankind ?」

 ロストドリーム・ジェネレーションズの冒頭にあるこのフレーズは、これを読むような物好きなら分かると思うけど

「That's one small step for a man, one giant leap for mankind.」
っていうアポロ11号の船長ニール・アームストロングの名言が元ネタですね。


 で、最初に触れられている「旅人」とは彼のことでほぼ間違いないでしょう。小さな一歩にして、大いなる飛躍を成し遂げた人。

しかし、ぼくら---月に、夜に輝くそれに幻想を抱く人々---にとって、彼の一歩は「月がただの岩塊である」という現実を突きつける行為でした。

この月とは、届いてしまった「夢」のメタファーです。

彼が託した「夢の続き」は、宇宙へのさらなる旅、もっと言えば人の持つ技術の発展、神秘の解明。しかし、それはぼくらにとって、幻想を崩す物で。大切に抱いている、沢山の「未知」という神秘が無くなっていく、消えていく行為なんですね。

たとえそれに背を向けたとしても、いずれは「未知」を他の人が暴いてしまう。自分の中で、その「未知」を守り続けても、現実は容赦なく「事実」を突きつける。彼の「偉大なる証」が、かつてぼくらの夢を打ち崩したように。

※2020 4/27追記…

永夜抄のmusic room、ヴォヤージュ1969にこんなコメントが付いていました。

「6面のテーマです。
二十世紀の旅人。
二十世紀のノアの箱舟は、期待と不安を乗せて宙を飛んだ。
だが、期待だけを月に置き忘れてきてしまったのだろうか。
未来と言われていた二十一世紀には、不安とほんの少しの幻想だけ
しか残されていなかった。」

はい、まさにこれがそのまま引っ張られて来てますね。こんな基礎情報も忘れて考察やってたのか、私は……

[「夢」から「幻想」へ]

 端的に言えば、これはエクスデウスへの一里塚でしょう。世界の果て、と言い換えても良いかもしれません。この先に待つのは全ての「未知」を暴き尽くした結論だけ。そうなってしまう。

だからこそ、ぼくらは夢を探す。初めから、生まれたときから持っていなかった夢を。

探して、探して、探した結果、ぼくらは夢を……いや「幻想」を見つけたんですよ。これを読んでいるあなたも、そうでしょう?出会いは…始まりは偶然で、過程は違ったとしても、「東方project」っていう「幻想」に、探していた「夢」を当て嵌めて。

……幻想との触れ合いは、あなたにとって特別だったでしょう?夢を「幻想」に託す。幻想少女に託すのは。


 しかし、そうして得た「幻想」でさえも、いつか暴かずにはいられない。「手を伸ばす」ことがぼくら「旅人達」なら、手を伸ばし、届いてしまった時、現実を知ってしまうから。

知ってはまた歩き、その現実を振りほどく……その繰り返し。


 ロストドリーム・ジェネレーションズは、「結論」です。伸ばした手が届く場所は決まってしまっている。だけど、その手がどう伸びていくかには、まだ余地が残されているんですよ。

あるでしょう?同じように「手を伸ばし」ている盤が。


[花咲く幻想郷〜Insert Coin(s)]

 「奉」のブックレット、その最後のページ、Insert Coin(s)の所にはコインを持った「手」がありますよね。つまり「扌」と「奉」で「捧」となるっていうことなんですけど。

でも、その手に持っているコインは「奉」の円盤と同じ仕様で「扌」の代わりに蓮の花があしらわれています。蓮、といえばLotus。幻想郷といえばLotus Land。「奉」という幻想郷へのコインは、ぼくらの「手」で捧げ、再生する事で曲への……さらには一次創作「東方project」への原点回帰となるんです。

「徒」の時に細く、頼りなかった手が、「奉」になってはっきりした物になっているでしょう?コインという「夢」を「幻想」に換えて、心に「幻想」を抱いて、ぼくらはまた、飛んでいく。


[ここからの布石]

 「徒」の中には「手を伸ばす」という描写が多々あります。それは博麗の巫女に伸ばす手、未だ持たぬ力へと伸ばす手……

手を伸ばすのは欲望の象徴であり、また、ロストドリーム・ジェネレーションズのように救済を求める意志もあり……そんなところでしょうか。

ああ、そういえば「手を伸ばすものか。」と言う人もいましたね。凋叶棕で描かれる中で最も「自由」な、普通の魔法使いが。

生き方を選択するのは自由ですし、その道を貫き通すのもまた自由なら、彼女のような生き方もあるでしょう。そしてまた、それに惹かれる者がいることも。


 ひとまず、こんなところでしょうかね。「遙」を完結させた後で、「徒」の持つ意味について触れて行く時にこの続きを書こうと思っています。

 まずはやり残した「うつろわざるもの」の考察を完成させるので、それまで気長に待って貰えたらなぁと思います。

ではでは。